事件に関する重要な記録をここに公開する。
ICレコーダーによる記録である。
吹き込まれた声は基本的に一言を除いて王異(おうい)のものだけである。
彼女は華北警察の刑事であると共に、ENJYOU社航空機墜落事故の唯一の生存者である曹操(そうそう)さんじゅうななさいの知り合いでもある。
曹操さんじゅうななさいは事故の怪我によって、長らく植物人間状態と見なされていたが、先日、意識をはっきりと回復していることが確認された。
会話が出来るほどには回復していないため、奥歯に電極を取り付け、歯を噛み合わせると電子音が鳴る仕組みでコミュニケーションを可能にした。
イエスの場合は二回、ノーの場合は一回、歯を噛み合わせてもらった。
曹操さんじゅうななさいはまだ視力が回復していなかったが、気配から不安になる事を避けるため、部屋には王異と曹操さんじゅうななさいの二人だけである。
カメラなども設置していない。
以下が記録である。
「他の乗客の人たちは普通でしたか?」
二回。
「飛んでいる最中に何かが起こったのですね」
四回、間断なく。
「それはYESということ?」
三回。
「つらい? この話、やめましょうか?」
しばし後、一回。
「続けられる?」
二回。
「じゃあ、もう少し頑張ってくださいね」
二回。
「事故の前、飛行機は揺れましたか?」
二回。
「恐かった?」
やや後、一回。
「その時には、もう落ちると思いましたか?」
一回。
「大したことはないと思ったんですね」
二回。
「指パッチン?」
二回。
「そいつは指パッチンで格好つけながら入ってきたということ?」
二回。
「そいつは、乗客に酷いことをしたのですか?」
二回。
「あなたの傷も、そいつのせい?」
何度も。
「背が低かった?」
何度も。
「紫のターバンをしていた?」
何度も。
「妙な笑い方だった?」
何度も。
「鎖鎌を持っていた?」
何度も。
「弓兵隊を連れていた?」
何度も。
「火矢を撃とうと」
「デリーーーッ!!!」
電子音は以後、暫く鳴らなくなる。
代わりにこの世のものとは思えない多くの断末魔が響く。
「…スキンヘッドの大男が、あなたを護ってくれた?」
何度も、何度も。
「已吾生まれって凄いのね。改めて思ったわ」
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